Chocolate Time キャラクターと語る
エッセイ集
「うひょ~!」
修平が大声を上げた。
「野球観に来て、こんなナイスなねえちゃんに会えるなんて! ビール一杯もらえっか?」
「はい。毎度ありがとうございます」
夏輝はにこやかに修平を見ながらカップにビールを注いだ。
修平は持っていた千円札をひらひらさせながらそわそわしていた。
「はい、お待ちどおさま」
夏輝は笑顔を絶やさず、修平にそのカップを両手で手渡した。修平はそれを受け取り、代金の千円札を夏輝に渡す時に、ぎゅっとその手を握った。
「もう、お客さんたら……困ります」
夏輝は困ったように笑って、汗ばんだ修平の手を遠慮なく力一杯つねった。
「お、おつりはいらねえから、そ、その脚にしがみつかせてくんねえか? ねえちゃん」
「困りますってば」
夏輝は言って、つねる指に力を込めた。
「ショートパンツも萌えるけど、レーシングショーツなら鼻血もんだな」
「こんなとこでそんな格好しませんから」
「なあなあ、いいだろ? ねえちゃん、一回だけでいいからよ」
その時、修平の背後から声がした。
「そこまでだ、修平」
健太郎は今まさに夏輝の長い脚にしがみつこうとしていた修平を彼女から引き離した。
「すいません、こいつ、見境ないんで……」
そして名残惜しそうに夏輝に手を伸ばした修平の襟首を掴んで、客席に引きずって行った。
言ってみればこれは『Chocolate Time』シリーズのパロディです。
仮に『Chocolate Time』シリーズのお話を全く知らない人がこの小話を読んでも、大して面白いとは思わないでしょう。それは、この話が次のような知識をあらかじめ持っていることを読者に期待しているからです。
夏輝のプロフィール / 修平のプロフィール / 健太郎のプロフィール
パロディというものは、オリジナルを知っているから成り立つのであって、いきなりパロディ話を読んでも、「え? なに?」「なんでそうなる?」「そもそもこいつ、誰?」みたいに激しくもどかしい思いをするだけです。
その上、「そりゃあ、オリジナルを知ってるやつならわかるだろうけどよ」「けっ! 自分たちだけで盛り上がりやがって」と、嫌味の一つも言いたくなるでしょう。
シリーズ物が陥りがちな危険性はここにあります。
続編から読み始めた場合、その話の中には登場人物の性格や相互関係が詳しく語られていないばかりか、そういうファクターを知っていて当たり前、というスタンスで描かれていますから、読者にとっては、最初の話を読まざるを得なくなる。続きが増えれば増える程、その作業は膨大になり、結果めんどくさいと思った読者はつまらなくなってこのシリーズそのものから離れていってしまう。
物語を書く本人にとっては、何しろ自分の作品ですから、作中の人物の誰がどうしてどうなって、こんな性格だからああなって……と、細部までよくわかっているし、書いているうちに親近感もわき、愛情も増す。そうして調子に乗っていくつも続編を書いているうちに、作者にしかわからないマニアックで没我的なことだらけになってしまう。書いている本人は楽しくて面白いかもしれませんが、時折訪れる読者や、初めて読んでくれる人にははなはだ不親切な書き方、内容、展開になってしまうわけです。自分や熱心なファンだけにしか理解できない、いわゆる『楽屋落ち』に終始してしまうということです。
もちろん、書く者の立場からすれば、初回から読んでくれることを期待し、その上で続編を楽しんで欲しい、と強く思います。それならば、せめて一見さんの読者のことを考えて、主要な登場人物の性格や容姿、行動原理や哲学などを簡単なプロフィールとして準備するべきだと思いますし、続編の話の中にも、少なくとも今から展開する話に関係の深い、それまでの経緯なり人間関係なりを短く説明するのが親切ってもんです。
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同じようなことが『二次創作』にも言えます。いわゆる同人系のメディアには、既存のアニメや漫画、ゲームの主人公や世界を借りて、別のストーリーが展開されているものが少なくありません。厳密に言えば、著作権を侵害する行為であり、法的にも問題がある行為ですが、コミケなどで同人誌として売られたところで、それが大きな実害をもたらすものでないために、オリジナルの作者は自ら親告して訴えたりすることは稀です。
そんなことより、僕が違和感を感じるのは、そうやって好きな者同士が集まって、自分たちにしかわからないネタで盛り上がる、ということが、普通に小説投稿サイトやイラスト投稿サイトで行われている、ということ。作品のタグにはオリジナルに登場しているキャラクターの名前が並び、その世界を知らない者は、蚊帳の外意識を否応なく感じさせられるわけです。そのオリジナル作品のファンでなければ楽しむことができないという、絶対的な閉鎖性を強く感じるのです。
「それでいいじゃないか。オリジナルを知らないヤツは読まなきゃいいわけだし」
と言ってしまえばそれまで。確かにその通りだとも思います。
でも、
少なくとも僕は、たくさんの人に、フェアな立場で自分の作品を楽しんで欲しいと思います。誰でも、いつでも、この世界に足を踏み入れた人には、全ての情報をできるだけ解りやすく提供する。そのためにいろんな手を打つ。僕がオリジナルに拘るのはそういう意図があるから。それに腐心しながら僕は作品を書いているつもりです。
2014,6,19 Simpson